砂の航路
                〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


欧州からは東洋、東亜からは西域と呼ばるる砂の地に於いて、
当世のみならず、歴代の覇者らの誰にも
成し得なかったほどの広域支配を遂げた、
伝説の覇王、これありて。
その覇王様の奮う大太刀が鼓舞して動く軍勢は、
騎馬兵団と鋼の武装で、
大地を埋めての地平までもを塗り潰したほどと語られて。
そういった直接の破壊力や機動力の、絶対的な脅威のみならず。
月夜の奇襲や、悍馬を巧妙に操っての谷越えなどなどといった、
希代の軍師たる知慧がもたらす戦術も巧みなら、
政略や戦略への権謀術数にも長け。
それより何より、頼もしきその人性への人望厚く。
名にし負う武勇の逸物らや各国の名君から、
流浪の隊商率いる屈強な遊牧民や、
市井の民草に至るまで。
威風堂々 雄々しき姿へ憧れ、凄まじい武勇伝へ歓喜し、
それでいて稚気あふれる物の言いようへ
揶揄されても憎からずと惹かれてやまず。
また、その後宮には、
ふんだんな水脈を引いての
砂漠には奇跡であろう緑豊かな中庭(パティオ)を設け、
そこへ 東西から名だたる美姫を妻にと取り揃えてもいて。
それぞれに趣の異なる麗しさを競うよに、
常に磨いておいでの類い希なる美貌には、
百華も恥じ入る艶冶な花園。
ここほどの楽園は そうは無しと、
吟遊詩人らが旅の空にて歌い広めたほどでもあって。



そんな夢の国でも、
その主城をいただく首都周縁は、
苛酷なまでの砂の海に取り巻かれている。
どれほどの人望があっても、
属領を治める主魁の思惑や技量によっては
それがどれほど無謀であれ、反旗を翻さぬ保証はないし。
王家や王政への反逆とまで行かずとも、
土地によって ちょっとした犯罪はそれなりに横行しもし。
商業の中継地のような大きな町は、
砂や嵐とそれから盗賊に襲われぬようにと城塞に囲まれているし、
そんな町から出て、次の町を目指す旅は、
冗談抜きに大海原への航海に等しき難行でもあり。

 『まずは、方向を見失えば一巻の終わりです。』

東亜の国が発明した羅針盤は、
大海原へ漕ぎ出す所存の現れと言えると同時、
広大な大陸を制覇せんという意気込みも感じ取れますと。
瑪瑙の宮を預かる知恵もの妃、第二王妃のヘイハチが、
友好条約を結びし折に齎された奇跡の発明へ、
感服しつつ述べた称賛で。

 『ただただ西を目指せばいいってものじゃあない、
  南北の緯度を読みちがえておれば
  それこそ永遠に戻って来れません。』

幸いにして暦に沿うた星の読み方は御存知なようですが、
冗談抜きに、陽が暮れては話にならない。
なので、

 『健脚を集めた従者らを、
  決して置き去りにしてはなりませんよ?』

そうと言われたものの、
引き継ぎの町にて仰々しくも受け取った
それはそれは巨大な櫃の中に収められていた塊は、
第三王妃の華奢な胴と変わらぬほどしか残ってはおらずで。
うかうかしていては、あっと言う間に潰えてしまうと、
気が焦ったは人情の理というもの。
瑪瑙の宮様 謹製の、薄く延ばした銀を張った密閉箱へ詰め込むと、
更に分厚い桐箱へ二重に収め。
そのため嵩が増して重くなったことも厭わずに、
小さな背中へひょいと負った金髪の韋駄天。
陽灼けを防ぐためと、何と言ってもその美貌を晒さぬため、
お顔はもとより、麗しいまでに均整の取れた、
しなうような肢体もまた、格別の蠱惑をたたえしその御身。
麻と絹との交ぜ織りという特別な更紗をもてくるみ込み、
さあ駆けよと中継用の野城を、

 「あっと言う間に飛び出されてしまいまして。」

 「成程のう。」

馬の伴走もいた、というか、
首都までの道程こそ、裕福な隊商狙いの野盗や蛮族が潜んでもいて、
護衛なくしては危険だというに。

 「馬も、護衛の頭数も、
  いかにも急ぎの荷というのぼりを立てているようなものだと、
  そのように仰せになられて。」

 「ほほお、そのような機転が利くか。」

首城の執務棟、
覇王が急ぎの使者との面会にと用いる、
これでも外苑よりの広間にて。
どれほど急いで翔って来たのか、
砂まみれの使者が跪いての報告に臨んでいるのへ。
それへの叱責なぞ思いもせぬか、
身を起こしもせぬまま、玉座に座したままの覇王カンベエ。
精悍なお顔のあごへと蓄えた髭を、
持ち重りのしそうな頼もしい手ですりと撫でると、

 「よう馳せ参じてくれたの。ゆっくりと休むがよい。」

鋭いこしらえの双眸を、だが、やんわり細め、
必死で駆けて来てくれたのだろう使者へ、
そのようにねぎらいの言葉を掛ける。
ですがと、まだ案じるようなお顔をする彼へ、

 「そうまで案じてもらえて、
  妃もさぞかし、
  大地からの奇跡をたんと受けられることだろて。」

人望なき者へは幸いの星も寄らぬとするのが、当世のことわり。
皆が思う存在へは、導きの星も多く降ることだろうよと、
それは慈悲深い笑みを向けて下さった覇王様へ、

 「…勿体のうございます。」

そうまでのお覚えをいただいてと、
含羞みながらも下がった衛士を見送ると、

 「ヘイハチはどうした。」

極秘の面会、よって立ち会っていた隋臣も二人のみ。
銀の髪を短く刈り、大柄で頼もしき肢体をカンドーラに包んだ
ゴロベエという食客待遇の偉丈夫と、
黒髪の炯国弁務官、ヒョーゴという執務官のお二人で。

 「外延ぎりぎりの物見まで出ておられますよ。」

日頃は“わたくしは文系ですので”という顔をしておきながら、
キュウゾウからだろう、遠来の隼の使いを受け取るやいなや、
厩舎へ駆け出して、小ぶりな愛馬を出させると、
一直線で城内の木立へと駆けさせて。

 「撥ね橋と重しと滑車で、
  ああも見事な抜け道を隠しておったとはな。」

 「感心しておる場合か、ゴロベエ殿。」

石積みの塀に沿っていた木立があっと言う間に左右に分かれ、
しかも、後宮と執務棟との境でもあった、
頑丈なはずの石塀ががたりと倒れ込み。
外延沿いの物見までの最短コースを
たかたったと駆けてった段取りのよさよ。

 「頼もしいというか、お転婆が過ぎるというか。」

大理石を積み、奥行きを深く取ることで、
直接に陽や砂混じりの風が飛び込まぬよう工夫を凝らした宮廷内は、
そのような騒動も広く知らされていないせいか、
静謐にして清かに涼やかで。
砂漠の国とは思えぬ緑の梢が、どの窓からも望めて、
まさしく奇跡のような有り様なれど、

 “それだとて、
  最初の礎を築いた者らの貴重な汗や苦労があっての賜物。”

その身への無事を願い、山ほどの人々を案じさせているのも知らず、
奔放な無茶や無謀をしておるじゃじゃ馬さんを、
叱ってやるのは勿論なれど、

 「あれもまた、死ぬほど案じておるが故の暴挙なのだしの。」

そうと呟いたカンベエの声が消え切らぬうちにも、
東側の物見からどんという鈍い音がし。

 「どうやら着いたようだの。」

二頭がかりで伝言を伝達した早馬が、
転げ込むよに着いたのに、遅れることほんの数刻。
熱砂の中を一心不乱に駆けて駆けて、
小さな背中へ負うた桐箱を待っていたヘイハチへと預けると、
そちらも後見役として待ち受けていた侍女のシノに肩を借り、
彼女の主人の待つ翡翠の宮へと急ぐ妃らで。
衛士や侍女らが沸く中を、
すっかりと埃だらけになりの、
助けがなければもう歩めないほど疲れていつつも。
そのお顔や眼差しは冴えたまま、
何か尊い聖戦からの凱旋のように
誇らしげに道を進む、白皙金髪の凛々しき妃様だった。







陽よけのための更紗の紗が掛けられた窓辺では、
時折吹き込むわずかな風に揺れ、
宝珠をつないだ鎖飾りが涼やかな音をさらさらと立てる。
窓の外に水を添わせているため、その風も随分と涼しいそれであり、
それでなくとも暑い国、夏も間近というこの時分には、
ここで生まれて育った人であれ、
体調が怪しくなることも珍しくはないほどで。

 「…ほんに、何年振りでしょうか。
  暑さに中(あた)ってしまうとは。」

雪と氷の北領から嫁して来た、第一王妃のシチロージ。
それでも意気軒高なまま、
途轍もなき環境の変化にも音を上げず、
当時はまだ王に次ぐ皇太子だったカンベエを助け。
彼が軍勢を率いて遠征に赴けば、
冴えた英断により国を護って支えたのは有名な話。

 とはいえ

この初夏からは
例がないほどの猛暑が早々と襲い来たせいだろう。
食欲が落ち、元気もなくなってしまい。
彼女を慕うキュウゾウ妃が案じるうちにも
とうとう枕から頭が上がらぬほどとなったため、

 これはきっと、
 彼女の身が、生まれた国の水や雪を求めているのだと。

東西南北のうちの東を除いた三つ、
要の国から妻として姫を奪った覇王だが、
彼女らの母国はずんと遠くて。
外延国からの脅威に耐えられるよう、
補強の軍勢こそ送ってあるが、
互いの距離を思えば、
使者だの身内だのの行き来もそうそう侭ならず。
気候があまりにも違うことを均すなんて以っての外ではあったれど、

 『確か、東亜の国では、
  冬場の氷を室に蓄えておき、真夏に味わうと聞いております。』

四季が巡るその国では、
冬は雪が降り、夏は猛暑に襲われるのだとか。
寒さは暖の取りようもあるが、
暑さだけは工夫にも限度があるので、
すぐにも解けよう氷だが、それでもと頑張って取り置いて、
真夏なのにあり得ない贅沢を楽しむとかと、
ヘイハチが語った話へキュウゾウが乗り気となり。
まずは使者を送って、
工夫を凝らした櫃に出来るだけ大量の氷を詰めて運んでもらい、
それを健脚自慢の一団に城内へ運び込んでもらえば、

 『熱冷ましにもなりましょうし、
  懐かしさに気も晴れましょうよ。』

 『…っ。(頷)』

勿論のこと、衛士らの中から俊足自慢をつのったのだが、
選りにも選って、

 「キュウゾウ殿が一番の俊足だったのですよね。」
 「…。(頷)」

えっへんじゃありませんてと、
いなしたヘイハチも、俊足と健脚は違いますったらと
それは頑張って説得したが訊いてはもらえず。
そこで先のような注意付きで選抜隊に交ぜたところが、

 「この始末ですものねぇ。」

 「ふふ、ヘイさんたら何て渋いお顔をしていますか。」

キュウゾウの小さな背中で運んだ氷は、
桐箱の中、銀の櫃に入れたときと
さして変わらぬ大きさのままで届き。
早速にも清かな浄水に浮かべて、
シチロージには熱っぽい口許を潤していただきの、
賢き額を冷やしていただき。
早くお元気になってねと思っての、
愛らしい妃らが奮闘を杖にして、
あっと言う間に回復した王妃様だったのは勿論のこと。
彼女らを叱るなら私も同罪と、
覇王カンベエ様へ陳情したのはまた、別のお話…。








    〜Fine〜  14.07.01.


  *久々の砂漠のお話ですね。
   誰かを弱らせるのはちょっと狡いことでもありますが、
   この暑さなので ついつい。
   シチロージさんを案じるあまり、
   カンベエ様にも見舞いに通えと
   厳命するキュウゾウさんだったりしてなvv


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